2009年にオーストラリアに移住した私ですが、それまでの20代は全て、旅のために生きていました。
恋愛よりも、キャリアよりも、ファッションよりも、旅。何がそこまで自分を駆り立てたのかと、今となっては思うのですが…。
“旅”。
その響きとその言葉が持つ世界観、一旦片足を突っ込んでしまったバックパッカーの旅スタイルの虜になっていくのでした。
やるなら、とことん。
少し働いて少し旅に出る、その繰り返しが辛気臭かった私は、一度旅立つと見たい場所は全部周る!結果的に、最低1年は放浪を続けるというスタイルが身に合っていました。
オーストラリアをラウンドトリップ:1年間
初めてのひとり旅、初めてのスキューバダイビング、初めてのスカイダイビング、初めての野宿、初めてのキャンプ、初めてのフリアコ※1、初めてのファーム※2、初めてのオーストラリア人ボーイフレンド…。
※1 宿の掃除をして宿代を浮かす、フリーアコモデーション。※2 農作業のアルバイト。あらゆる種類の柑橘系フルーツをピッキングしました。
20代最初の年の、初めて尽くしの1年間。
川でも湖でも、水があればシャワーの代わりに入るので、どれだけ冷たい水でも気合で入れるようになったこと、そして満月の野宿はトーチ (懐中電) が要らないと知ったこと。1日1本のバスに乗り遅れ、炎天下の下片道40km自転車を漕いでビーチに向かったこと、筋肉痛を通り越して歩けなくなるほどトレッキングを繰り返したこと。
野生の勘が冴えわたり、研ぎ澄まされ…、怖いもの知らずの日々でした。
お金が底をついては宿代を浮かし、どうしようもなくなればファームに出稼ぎに行き、旅を終えたはいいけれど、次は日本へ帰る航空券が買えずまたファームに出戻り…!
全力で過ごした1日1日が、そこはかとないチカラになり、自信となりました。
やり切った感を味わい尽くし、大好きなオーストラリアにもそれ以上残りたいとも思えずビザが切れると同時に、さっさと帰国しました。
◆オーストラリアの旅の記憶をnoteに書き貯めています。
北米(アメリカ・カナダ)を周遊:1年間
オーロラとアメリカの国立公園を目的に、また1年間のバックパッキングの旅へ。
横断に縦断、北米を縦横無尽に旅をした、バスで。未だ記録に残る、トロントからバンクーバーの72時間バスの旅は、最後にロッキー山脈が目に入るまで時間感覚をすっかり失っていました…。
オーロラ!まさに躍る光のカーテン
イエローナイフではなく、自力で行ける一番北までバスで行き、その周辺にあるゲストハウスに滞在しました。確実に見えるまで、粘ろう…、そう心に決めて、バンクーバーを出発。
現れたのは3日目の夜。
まるでゲストハウスのオーナーファミリー宅でのホームステイのような時間の中、ある夜ドライブしているときにオーナーが「あ!」と言って車を止めました。
外に出るように促されて出ると、視界の先に赤・紫・黄色・青・ピンクの色が混ざり合い、うねり合いながら光のカーテンが見え始め…、それはまるで生き物のよう!
呆然と立ち尽くしている私達に、まるでその美しさと圧倒感を見せつけるように、ますます色味と躍動感を増し、悲鳴にならない声を上げている私たちの頭上を猛スピードで、通過していったのです…!!!
「ここにずっと住んでいるけど
・・・君たちは、ツイてるね!」byオーナー
そんな私のオーロラの記憶。
そのタイミングで大陸横断を始めてしまったから、マイナス40-60度の極寒のカナダを、たったひとり旅を続ける羽目に…。ただただ体にキリキリと差し込むような寒さが、痛い痛い。息はゆっくり吸う!一気に吸うと鼻と喉が凍ります。
時期が時期のためか、宿にはカナダ人の日雇い労働者や、浮浪者に毛の生えたうような人たちばかりがたむろしています。ま、私もさして変わらない立場であったけれど。
とにかくオーロラを見られた、大陸を横断した、という達成感を胸にトロント に辿り着いたのでした。
夏が訪れたら、そこからはカナダ東部、ナイアガラ、NY、西に戻って南下して念願のアメリカ国立公園を巡りました。
夏のカナダは美しく、太陽とそれがもたらす陽気を人々が喜んでいるのがバイブを通して伝わって来ます。ゲイフェスティバル、Jazzフェスティバルなど、訪れる都市ごとに開かれているイベントの数々…。
夏のNYもまた素晴らしく、そのマルチな文化、漲る自由なパワーが気持ち良い滞在の日々でした。
アメリカの国立公園で神秘体験
Yosemite(ヨセミテ), Zion(ザイオン), Arches(アーチーズ), Lake Powell(レイク パウウェル), Bryce Canyon(ブライスキャニオン), Monument Valley(モニュメントバレー), Grand Canyone(グランドキャニオン)…、これらの雄大な自然をただ巡業のように、キャンプに次ぐキャンプで。
岩があれば登り、道なき道を歩き、ジリジリと強い光と、赤土の砂煙に晒され続け、肌がもう自分の肌とは思えない質感に…。
でもそんなのまったく気にならない。だって、目の前で繰り広げられる景色が、いちいち素晴らし過ぎたのだから。
◆北米旅の記憶をnoteに書き貯めています。
写真で見るのと、その土地を自分の足で踏みしめることには、それはもう雲泥の差があります。
その空気、空の高さ、温度、匂い。それはただの四角い画角なんかには収まり切らないのですが、きっとそれはスケール感だけでなく、旅人がその土地で感じるバイブそのものがそんな風に切り取るには、あまりにも深過ぎるからでしょうね。
そんな風に始まった、私の旅人生。
この2ヶ国で自信と勢いをつけた私。もちろんここで終わるわけもなく…、必然的に“世界一周”が次の目的になるのでした。
続く。